研究概要
(1)核子あたり4、11GeVの金・金衝突における1粒子包括測定及びHBT2粒子相関測定
米国ブルックヘブン国立研究所のAGS加速器を用いて、核子あたり4、11GeVの金・金衝突において1粒子包括測定、さらに核子あたり11GeVにおいて高統計HBT2粒子相関測定を行った。高時間分解能飛行時間測定器を備えたE866実験のForward Spectrometerを用いて測定が行われた[1]。1粒子包括測定では金・金衝突でmid-rapidity領域において衝突中芯度の関数としてパイ中間子、K中間子、陽子、重陽子の横質量分布を測定した。不変微分断面積の横質量分布は指数分布型を示すことが知られているが、核子あたり11GeVの金・金中芯衝突では観測された平均横質量は生成粒子の質量に比例しており、陽子は低横質量領域においては指数関数分布から低くなること、核子あたり4GeVの金・金中芯衝突ではパイ中間子が指数関数分布から凹型にずれる傾向が高統計1粒子包括測定から明らかとなった。これらの特徴は熱的生成源膨張模型[2]を示唆する結果となっている。
|
|
図1;核子あたり11GeVの金・金中芯衝突で測定された正パイ中間子のHBT2粒子相関係数。パイ中間子対の平均横運動量に応じて、氈A、。の3つの領域に分けて解析が行われている。 | 図2;生成源の大きさを表すRTパラメーターの平均横運動量依存性。 |
核子あたり11GeVの金・金中芯衝突においてなされた高統計HBT2粒子相関測定の結果についてYano-Koonin
Podgoretskii解析[3]を行った。図1に測定された2粒子相関係数を相対運動量QTの関数として示す。観測された対運動量を3つの領域に分け、それぞれの領域において、相関関数(1+λexp(-QT2RT2))でフィットを行った。但し、ここでRTは生成源の大きさを表すパラメーターである。すると図2に示すように明らかなKT依存性が観測された。測定するKTの領域を0.1
GeV/cから0.45 GeV/cに増加させると、得られるRTは5.21±0.17 fmから3.73±0.26 fmまで減少する。静的生成源からのHBT2粒子相関は相対運動量だけの関数であり、観測された特徴は熱的生成源膨張模型を示唆する結果となっている。
このように1粒子横質量分布だけでなく2粒子相関においても熱的生成源膨張模型が成立することがわかったので、両観測結果を同一の枠組みを用いて同時に解析し、熱的生成源膨張模型の温度及び平均横膨張速度を精密に求めることに成功した(図3参照)。これは核子あたり11GeVの重イオン衝突では初めての解析結果である。
同様の手法で求められた核子あたり158GeVの鉛・鉛衝突実験での温度、平均横膨張速度と比較す
ると[4]、核子あたり158GeVの衝突の方が高い温度を示すが、平均横膨張速度は逆転して低下し
ていることがわかった。
核子あたり158GeVの鉛・鉛衝突においてJ/ψ中間子抑制効果[5]や低質量領域のレプトン対生成の
増加[6]などクォーク・グルオンプラズマ生成を示唆する観測結果が報告されているが、今回解析された
平均横膨張速度の振る舞いもクォーク・グルオンプラズマ生成と矛盾しない結果となった。
|
図3;1粒子包括測定及びHBT2粒子相関測定による熱的生成源膨張模型の温度及び平均横膨張速度。熱的生成源膨張模型によるフィットのχ2等高線を示す。 |
Reference
[1] K. Shigaki et al., Nucl. Inst. and Meth. A438 (1999)
282.
[2] U. Heinz et al., Phys. Lett. B382 (1986) 181.
[3] Y. B. Yano, S. E. Koonin, Phys. Lett. B78 (1978) 556; M. I.
Podgoretskii, Sov. J. Nucl. Phys. 37 (1983) 273.
[4] H. Appelshauser et al., Eur. Phys. J. C2 (1998) 661.
[5] M. C. Abreu et al., Phys. Lett. B450 (1999) 456.
[6] G. Agakichiev et al., Nucl. Phys. A638 (1998) 159c.
欧州共同原子核研究機構(CERN)のSPS加速器を用いて核子あたり158GeVの鉛・鉛衝突においてΔ++生成量の測定を行った[1]。高エネルギー原子核・原子核衝突では多数のパイ中間子や陽子が生成され、それらが2次衝突を起こすと期待されることからΔ++生成量の絶対値の決定は衝突時における温度[2]や密度等の良いプローブになると考えられていたが、測定が困難であることから核子あたり158GeVの原子核・原子核衝突では観測例が無かった。
本測定では核子あたり158GeVの鉛・鉛衝突において陽子、正パイ中間子対を同時測定し、その不変質量分布を求めた。バックグラウンドをMixed
Event法により求め、差し引きを行うことによってΔ++生成量を決定した(図1参照)。測定器の運動力学的領域の補正、測定効率補正、アイソスピン補正等の結果、Δ粒子/核子比が0.62±0.38と求まった。図2に様々なビームエネルギーにおけるΔ粒子/核子比を比較する[1]。ビームエネルギーと共に増加する様子が見られ、衝突時の温度がより上昇していることに対応していると考えられる。前述の熱的生成源膨張模型により決定された温度からΔ粒子/核子比は0.33と期待されるが、本測定値と誤差の範囲で一致することがわかった。
|
|
図1;陽子、正パイ中間子の不変質量分布。 | 図2;Δ粒子/核子比のビームエネルギー依存性 |
Reference
[1] S. Sato, K. Chenawi, and WA98 collaborations, Physics
Letters B 477 (2000) 37
[2] G.E. Brown, J. Stachel, G.M. Welke, Phys. Lett. B 253 (1991)
19.
高エネルギー重イオン衝突では宇宙創生時に匹敵する高エネルギー状態が生成されると期待されている。高エネルギー重イオン衝突で反応時に生成される高密度・高温状態ではクォークは個々のハドロンへの閉じ込めから解放され比較的大きな領域を自由に飛び回る状態(クォーク・グルオンプラズマ状態)が生成されると期待されている。米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)では世界初の衝突型高エネルギー重イオン加速器(Relativistic
Heavy Ion Collider)の建設が進められており、2000年夏までに核子あたり100GeVの金の原子核同志の衝突実験が可能となる予定である。反応中心部の数百fm3の領域において、2〜6GeV/fm3ものエネルギー密度が達成されると予測されており、これは、人類が手にしたことのない最高エネルギー密度であることは言うまでもないが、量子色力学(QCD)が予測するクォーク・グルオンプラズマ(QGP)相転移に必要なエネルギー密度を十分に越えていると考えられている。
RHICで行われる主要実験の一つであるPHENIX実験[1]では、予想されるなるべく多くのQGP生成のシグナルを同時に測定するために、生成されるレプトン対(ミュー粒子対、電子対)、光子、ハドロン(K中間子、パイ中間子、ファイ中間子、
陽子、反陽子等々)を測定する。そして、衝突で達成されたエネルギー密度の関数としてQGP生成を示すアノマリーを同時に検出することによってQGP生成の証拠とする。PHENIX実験では図1に示すように、3つのスペクトローメーターから構成され、中央スペクトロメーターは飛跡再構成用の種々のトラッキングチェンバー、粒子識別用リングイメージングチェレンコフカウンター、高時間分解能飛行時間測定器、電磁カロリメーターから成り立っている。筑波大学では時間分解能が85ピコ秒以下の高時間分解能飛行時間測定器[2]の開発・製作を進めてきていたが、1999年夏にPHENIX実験への設置を完了した(図2)。飛行時間測定器を用いたハドロン測定では、QGPによる<pt>の増大、ストレンジネス生成量増大、HBT効果測定による巨大ハドロン生成源の発生などの効果を探る。
図1;PHENIX実験 | 図2;PHENIX実験に設置された高時間分解能飛行時間測定器 |
References
[1] PHENIX Conceptual Design Report, BNL1993; D.P. Morrison et.al.,
Nuclear Physics A638, 565c - 569c, 1998.
[2]L. Carlen, et.al., Nuclear Instruments and Methods A431(1999)
123 - 133.
|
|
三明康郎 | 物理学系 |
佐藤進 | 物理学系 |
中條達也 | 物理学研究科5年 |
清道明男 | 物理学研究科4年 |
平野太一 | 物理学研究科3年 |
鈴木美和子 | 物理学研究科2年 |
吉川剛史 | 物理学研究科2年 |
小関国夫 | 理工学研究科2年 |
相澤美智子 | 理工学研究科1年 |
圷雄大 | 理工学研究科1年 |
箱崎大祐 | 理工学研究科1年 |
研究業績
平成11年度筑波大学物理学研究科修士学位論文
1)氏名;鈴木美和子
学位;修士(理学)
題目;飛行時間測定器Pestov Spark Counterの持つ時間性能のカスケード放電模型による解釈。
2)氏名;吉川剛史
学位;修士(理学)
題目;高エネルギー原子核衝突実験のための高時間分解能ビームカウンターの開発
平成11年度筑波大学理工学研究科修士学位論文
1)氏名;小関国夫
学位;修士(理学)
題目;Online High voltage system for Time of Flight counter at
PHENIX experiment
平成11年度筑波大学自然学類(物理学専攻)卒業論文
1)氏名;小野雅也、前田憲勲
題目;相対論的重イオン衝突実験における方位角相関測定のコンピューターシミュレーションによる評価
2)氏名;鶴岡裕士
題目;高エネルギー原子核実験のための、位置検出型光電子増倍管の性能評価
日韓科学協力事業、ハドロンの系統的測定によるクォークグルオンプラズマの研究、三明康郎(代表)、570千円
基盤研究C、クォークグルオンプラズマ検出のためのペストフ飛行時間測定器の開発、 三明康郎(代表)、900千円
奨励研究A、高エネルギー実験での粒子識別の為の時間分解能10ピコ秒をもつ飛行時間測定器の開発、佐藤進(代表)、1500千円
特別助成研究(S)、相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)による新物質クォーク・グルオンプラズマ探索実験、三明康郎(代表)、(研究専従のみ)
奨励研究、高エネルギー重イオン衝突がつくる高温高密度状態の研究、佐藤進(代表)、500千円
その他
天禄基金、相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)による新物質クォーク・グルオンプラズマ発見のためのPHENIX国際協力研究、三明康郎、
米国ブルックヘブン国立研究所 三明康郎、他 PHENIX実験
欧州共同原子核研究所 三明康郎、他 CERN−SPS−WA98実験
米国コロンビア大学 三明康郎、他 高時間分解能飛行時間測定器
韓国延世大学 三明康郎、他 高エネルギー重イオン衝突における粒子生成