平成13年9月7日
共同研究報告書
研究代表者;筑波大学・物理学系・教授 三明康郎
- 事業名;日韓科学協力事業共同研究
- 研究課題名;ハドロンの系統的測定によるクォークグルオンプラズマの研究
- 全研究期間;平成11年9月1日〜平成13年8月31日
- 研究経費総額
- 日本学術振興会から交付された 研究経費総額;2,212千円
- 初年度経費 570千円、
- 2年度経費 1,150千円、
- 3年度経費 492千円
- 日本学術振興会以外の国内研究経費総額;11、000千円
- 研究組織
- 日本側研究協力者
- 佐藤 進、筑波大学物理学系・助手、飛行時間測定器建設・運用
- 江角晋一、筑波大学物理学系・講師、データ解析(特に集団運動について)
- 清道明男、筑波大学物理学研究科(後期課程)、飛行時間測定器の較正と粒子識別
- 鈴木美和子、筑波大学物理学研究科(後期課程)、データ解析(特に1粒子分布について)
- 相手国側研究者
- Ju Hwan Kang、延世大学理学部物理学教室・教授、MVD装置の運用と解析の総括
- Youngil Kwon、延世大学理学部物理学教室・助手、データ解析(特に理論模型計算)
- Sang Yeol Kim、延世大学理学部物理学教室・院生、新しい検出器開発
- Young Gook Kim、延世大学理学部物理学教室・院生、データ解析(特にTOF解析)
- Sang Su Ryu、延世大学理学部物理学教室・院生、データ解析(特に理論模型計算)
- Jeon Hwan Park、延世大学理学部物理学教室・院生、データ解析(特にMVD解析)
- Dong Jo Kim、延世大学理学部物理学教室・院生、飛行時間測定器の運用(特にオンライン解析)
- Sang Yong Park、延世大学理学部物理学教室・院生、データ解析(特にMVD解析)
- 研究の目的・内容
- 研究の目的
- 高エネルギー重イオン衝突では宇宙創生時に匹敵する程の高エネルギー密度状態が生成されると期待されている。高エネルギー重イオン衝突で反応時に生成される高密度・高温状態ではクォークは個々のハドロンへの閉じ込めから解放され比較的大きな領域を自由に飛び回る状態(クォーク・グルオンプラズマ状態)が生成されると期待されている。米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)では世界初の衝突型高エネルギー重イオン加速器(Relativistic
Heavy Ion Collider)が新たに建設され、平成12年夏から運転が開始された。平成13年夏には最高エネルギーである核子あたり100GeVの金の原子核同志の衝突実験が可能となった。反応中心部の数百fm3の領域において、2〜6GeV/fm3ものエネルギー密度が達成されると予測され、未だかつて人類が手にしたことのない最高エネルギー密度となる。また、量子色力学(QCD)が予測するクォーク・グルオンプラズマ(QGP)相転移に必要なエネルギー密度を十分に越えていると考えられる。
QGPを地上で生成し、その性質を理解するためには、高エネルギー重イオン衝突の反応の正確な知識が必要となる。このためには高エネルギー重イオン衝突において生成されるパイ中間子、K中間子、陽子などハドロンの系統的測定が必要である。ハドロン測定による衝突の基礎的理解に基づくQGP相転移の確実な証拠を得ることを目標にしている。
- 研究の内容
- 地上でクォークグルオンプラズマを生成し、その相転移や転移温度などの性質を調べるために、米国ブルックヘブン国立研究所にて衝突型加速器RHICが建設された。平成11年度から加速試験が始まり、平成12年夏から実験が可能となった。PHENIX実験は多国籍・多研究機関の協力で進められているが、筑波大学を中心とする研究チームはハドロンの識別・測定に必須の飛行時間測定器(TOF)を担当し、韓国延世大学を中心とする研究チームは、MVDと呼ばれる荷電粒子多重度測定器を担当している。TOF装置は比較的狭い運動学的領域でハドロンの粒子識別観測を行うのに対し、MVD装置は粒子識別は出来ないが極めて広い運動学的領域でハドロンの観測を可能とする。このように、両装置はハドロン測定において相補的な役割をなし、両装置からの観測結果を統合することによってハドロン生成の全体像を明らかにすることができる。
TOF装置を用いたハドロンの粒子識別観測から熱的生成源膨張模型を用いた解析や化学平衡模型を用いた解析から生成ハドロンの集団膨張速度や温度に関する情報が得られる。また、MVD装置によって決定される衝突反応面の方位角を用いて、TOF装置による粒子識別された生成ハドロンの方位角相関測定が可能となる。方位角依存性から状態方程式に関する情報が得られ、QGP生成の証拠とすることが出来る。
- 研究実施状況
- 平成11年度(測定準備)
- PHENIX実験では筑波大がTOF装置を、延世大はMVD装置を責任分担している。筑波大・延世大で共同して運用にあたるため、平成11年11月に延世大学において第1回ワークショップを開催し、運用計画、解析計画について検討を行った(筑波大より4名、延世大より10名参加)。その結果、延世大学のポストドクYun
Ha Shin氏が平成12年1月より5月までBNLに長期滞在し、TOF装置のオンライン解析の責任分担することとなった。さらに、大学院生のDOn
Jin Lim氏もBNLに長期滞在し、TOF装置のオンライン解析を手伝うこととなった。平成12年4月にBNLにおいて第2回ワークショップを開催し、測定器やオンライン・オフライン解析の準備状況について検討を行った。
- 平成12年度(初年度の測定実施)
- 当初計画では平成11年秋から測定が開始される予定であったが、加速器の立ち上げが遅れ平成12年6月から測定が始まった。測定初年度としては √sNN=130GeVの金・金衝突について約200万事象の観測に成功した。筑波大・延世大が共同してTOF装置の運用・解析を行い、当初計画通りの粒子識別性能が得られていることが示された。TOF装置により粒子識別された横運動量分布、粒子生成比、ラピディティ密度等等が得らた。延世大が担当していたMVD装置は読み出し回路の不調のために初年度は有効なデータを収集できなかった。QGP生成の証拠の一つであるJet
Quenchingと考えられる大変興味深い結果も得られた。
今後はオフライン解析がより重要となることから、延世大のYun-Ha Shin氏が 7月と9月に10日間づつ筑波大に滞在し、筑波大の計算機を利用して解析コードの整備を進めた。さらに、測定初年度の解析結果を持ち寄って、平成12年12月に筑波大において第3回ワークショップを開催した(延世大より4名、筑波大から
10名が参加)。収集されたデータの理論的解析に関して、平成13年2月に筑波大・佐藤助手が延世大・Youngil Kwon氏を訪問し、同氏の作成した熱的模型コードについて情報収集し、意見の交換を行った。
- 平成13年度(2年目の測定実施と測定器改良に向けて)
- PHENIX実験の測定初年度の成功を踏まえ、今後の測定器の改良について検討を始めた。平成13年3月に米国ブルックヘブン国立研究所において検出器改造計画に関するワークショップが開かれ、J.H.Kang氏とも意見交換を行った。PHENIX実験の2年目の測定が平成13年8月から開始された。昨年度は失敗したMVD装置も稼働している模様である。平成13年8月に第4回ワークショップを延世大において開催した(筑波大より4名、延世大より6名が参加)。本年度の測定計画や今後の測定器の改良に関して議論を行った。
- 研究の成果
平成12年度には核子あたり65GeV、平成13年度には核子あたり100GeVの金・金衝突実験が行われた。これは、史上最高の原子核・原子核衝突エネルギーである。日韓協力事業により、TOF装置を開発・製作から担当する筑波大とMVD装置を担当する延世大が協力することが出来た。その結果、筑波大・延世大のチームが責任分担・協力して、TOF装置の運用、監視、解析に成功し、測定初年度より設計通りの時間分解能100ピコ秒以下の性能を挙げることが出来た。測定初年度には不調であったMVD装置も平成13年度には順調にデータを収集を行うことが出来た。これらにより高エネルギー原子核・原子核衝突におけるハドロン生成の全体像を明らかにすることが可能となった。
現時点までに核子あたり65GeV(√sNN=130GeV)の金・金衝突実験のデータ解析から得られた知見の主なものを以下に列挙する。
- 中心衝突において生成荷電粒子密度が約600であり、関与核子数に比例する。CERN・
SPS(√sNN=17GeV)に比べ約50%の増加に相当する。(Phys.Rev. Lett. 86
(2001)3500)
- 高エネルギー原子核・原子核衝突の初期エネルギー密度は、中央領域における生成粒子の
dEt/dyからBjorken公式によって推定することが出来る。核子あたり65GeVで観測された
横エネルギー密度から、初期エネルギー密度は4.6GeV/fm3が得られた。QGP生成が十分
可能なエネルギー密度と考えられる。CERN・SPSに比べ約60% の上昇である。
(Phys.Rev. Lett. 87(2001)052301)
- 生成横エネルギーと生成荷電粒子数の比はほぼ一定であり、CERN・SPSと比べても
ほとんど同じであることから、エネルギー密度の増加分は横エネルギーではなく、粒子生成に
費やされたことがわかる。(Phys.Rev. Lett. 87(2001)052301)
- 生成荷電粒子の方位角異方性の測定から、その強度はCERN・SPSより大きく、
集団運動強度が増加していることがわかった。(論文準備中)
- K+・K−中間子生成比、反陽子・陽子生成比は低エネルギー原子核・原子核衝突に
比べ一層1.0に近づき、化学平衡を仮定する熱的統計模型による解析では180MeVを越える
化学平衡温度が報告され、QGP相転移温度に近い。
- 粒子識別されたハドロンの横質量分布は、粒子質量に比例したスロープパラメターを
示し、熱的生成源膨張模型では、CERN・SPSにくらべて、より大きな膨張(集団運動)
速度が得られた。
- 横運動量分布を中心衝突と周辺衝突を比較すると中心衝突では高運動量成分が減少する
結果が得られた。電磁カロリメーターによるパイ0中間子測定においても磁気スペクトロ
メーターによる荷電粒子測定においても同様の傾向が見られた。CERN・SPSまでには
見られなかった全く新しい現象であり、QGP中のJetQuench効果の可能性が高い。
- 本研究期間中に来日した相手方研究者氏名、来日期間、訪問先
- J.H.Kang・延世大学物理学教室 11/10/31 - 11/11/11 筑波大学・物理学系
- Y.J.Kwon・延世大学物理学教室 12/1/12 - 12/1/15 筑波大学・物理学系
- J.H.Kang・延世大学物理学教室 12/2/1 - 12/2/13 筑波大学・物理学系
- Y.H.Shin・延世大学物理学教室 12/7/17 - 12/7/27 筑波大学・物理学系
- Y.H.Shin・延世大学物理学教室 12/9/6 - 12/9/16 筑波大学・物理学系
- J.H.Kang・延世大学物理学教室 12/12/3 - 12/12/6 筑波大学・物理学系
- H.J.Kim・延世大学物理学教室 12/12/3 - 12/12/6 筑波大学・物理学系
- D.J.Kim・延世大学物理学教室 12/12/3 - 12/12/6 筑波大学・物理学系
- D.J.Lim・延世大学物理学教室 12/12/3 - 12/12/6 筑波大学・物理学系
- 研究発表
- 論文発表
- Centrality Dependence of Charged Particle Multiplicity in Au-Au
Collisions at sqrt s(NN) = 130 GeV,
PHENIX Collaboration; Adconx, et.al.,
Phys. Rev. Lett. 86(2001)3500-3505
- Measurement of the Midrapidity Transverse Energy Distribution
from sqrt s(NN) = 130 GeV Au-Au Collisions at RHIC
PHENIX Collaboration; Adconx, et.al.,
Phys. Rev. Lett. 87(2001)052301
- Suppression of Hadrons with Large Transverse Momentum in
Central Au+Au Collisions at sqrt s(NN) = 130 GeV
PHENIX Collaboration; Adconx, et.al.,
Submitted to Phys. Rev. Lett.
- 口頭発表
- 三明康郎、Collective Flow in Heavy Ion Collisions at CERN-SPS WA98、Workshop
on Flow and Strangeness Productioon in Heavy Ion Collisions from
Relativistic to Ultra-relativistic Energies, at Obernai, France
in September 27 - 28, 1999.
- 三明康郎、Delta++ production & Directed and Elliptic Flow in 158
A GeV Pb + Pb collisions、XXXth International Conference on High
Energy Physics, July 27 - August 2, 2000, Osaka, Japan
- 佐藤進、Hadron Production in 65A GeV Au + 65A GeV Au Collisions at
RHIC-PHENIX(I), 平成12年秋の日本物理学会(新潟大学)
- 清道明男、Performance of High Resolution Time-of-Flight detector for
Study of Identified Hadron Production at RHIC-PHENIX Experiment、
平成12年秋の日本物理学会(新潟大学)
- 江角晋一、SPSエネルギーにおける重イオン衝突実験でのQGP発生、
平成13年春の日本物理学会
- 清道明男、RHIC PHENIX実験におけるハドロンの生成比、
平成13年春の日本物理学会
- 鈴木美和子、RHIC PHENIX実験におけるハドロン横運動量分布の測定、
平成13年春の日本物理学会
- 出版;該当無し
- 要望、意見
本研究は韓国の延世大学との協力研究であるが、測定作業は米国で実施された。研究のグローバル化に伴い、今後、ますますこのような研究形態が日韓協力の中でも多く現れることと思われる。現在までは日韓協力では韓国への出張しか認められていないが、研究の進展状況に鑑みて出張旅費の1部は韓国以外への出張への出費を認めていただけると大変に助かる。