粒子放出における方位角異方性は以下のような式で与えられる。
高エネルギー原子核衝突実験を記述するモデルのひとつである流体力学 モデルによれば、方位角異方性の中で楕円的な広がりをもつ方位角異方性の 強度の横運動量依存性は、質量の軽い粒子ほど大きくなることが予想されて いる[1]。本研究では2001年にRHIC-PHENIXでおこなわれた核子対 当たり100GeVの金・金衝突のデータをもちい、衝突によって生成される パイ中間子、K中間子、陽子の放出において特に楕円的な広がりをもつ 方位角異方性についての解析をおこない、モデルとの比較をおこなった。 結果を図1に示す。横運動量が2.0GeV/c以下では 楕円的異方性の強度は、同じ横運動量で比べると質量の軽い粒子ほど 大きい、、という結果が 得られた。しかし横運動量が2.0GeV/c以上で、π中間子やK中間子の 楕円的方位角異方性の強度が飽和し、陽子の楕円的異方性の強度が π中間子、K中間子よりも大きくなるという結果が得られた[2]。 この2.0GeV/c以下の結果は流体力学モデルが予想と一致するが、 2.0GeV/c以上の結果は、各粒子とも運動量とともに楕円的方位角異方性の 強度が増加する流体力学モデルとは明らかに異なる (図1左下図)。 この振る舞いは、クォークの楕円的方位角異方性によって、ハドロンの 楕円的方位角異方性が決まるというquark coalescence model [3] により、定性的に説明される(図1右下図)。 このことから、ハドロンの楕円的方位角異方性がクォークの楕円的 方位角異方性に起因しており、QGP相を反映している可能性を示唆して いると考えられる。今後、π中間子、K中間子、陽子以外のハドロンの 楕円的方位角異方性の測定やさらに高い運動量での測定をおこなうこと により楕円的方位角異方性の起源を明らかにすることが期待されている。
我々は2001年、2002年にRHIC-PHENIXで行われた核子対当たり100 GeVの 金・金衝突実験で収集されたデータを基に解析を行った。 反応平面はビーム軸上の衝突点から約1.5mの位置にあるBeam Beam Counter (BBC)を用いた。BBCで決定した反応平面に対して、central armスペクトロメーター で検出した荷電ハドロンの方位角を測定し、楕円的方位角異方性の強度を求めた。 BBCとcentral armスペクトロメーターはrapidityで約3単位離れている。したがって、 反応平面決定にBBCを用いることで、反応平面とは無関係に異方性を作り出す、 HBT相関や粒子の崩壊等の寄与を減らすことができると考えられる。 解析の結果、横運動量9 GeV/cまでの荷電ハドロンの楕円的方位角異方性 ()を 測定した(図2参照)。は横運動量約2.5 GeV/cまでは、流体力学 模型による予想のように増加するが、2.5 GeV/cよりも大きな横運動量では 飽和する傾向が見られた。この結果は、M.Gyulassyらが予想したJet Quench効果による の振舞と定性的に一致することが分かった。 この結果は、RHICエネルギーでの原子核同士の衝突では、衝突初期に非常に 高温・高密度の物質が生成されていることを示唆していると思われる。
ACCには、識別運動量領域の要請により、屈折率n=1.011のエアロジェルを 使用する。その低屈折率のためチェレンコフ光の発光量は非常に小さく、 集光率を効果的に上げるための工夫が必要となる。検出器開発研究を通じて、 発生したチェレンコフ光を効率よく集光し、かつ、荷電粒子の入射位置に 対して高い一様性を持つ検出器を追求した。
ACCプロトタイプを製作しKEK-PSにおいて、性能評価のためのテスト実験を 行った。反射鏡を用いて集光効率を高めるタイプや、エアロジェル放射体の 横に散乱空気糟を設けて集光量の一様性を高めるタイプなどを系統的に調 べた。プロトタイプは、チェレンコフ放射のはっきりとした閾値性と十分な 集光量及びS/N比を持つことを確認できた。粒子の入射位置に対して一様に、 光電子数にして約10個を観測した(n=1.011)。テスト結果を次のプロ トタイプにフィードバックしていくことで、検出器の最終的なデザイン (通称 Zolin3)に到達した。チェレンコフ光の指向性とエアロジェルの 散乱特性を考慮に入れ、光学モンテカルロシュミレーションと実験データ との比較により、設計パラメータの最適化を行った。
厚さ0.5mmのアルミニウムの薄板を、折り紙のように曲げることで容器を 形成し、その中にエアロジェルのスペースが確保される。一様な集光を得る ための散乱空気糟(Integration Sphere, 積分空間)がエアロジェルと 接している。荷電粒子の通過によってエアロジェル中で発生したチェレン コフ光は、エアロジェル中での散乱・吸収過程を経て、空気糟両側に配置 された二つの光電子増倍管で検出される(図3参照)。 このデザインの採用により、実際の実験環境において、検出器各セルを交互 に衝突点に対して逆向きに配置することで、デッドスペースのない一様な エアロジェル平面を衝突点に対して形成することが可能となる。
エアロジェルからのチェレンコフ光のPMT到達時間の差と粒子入射位置との 間に、ある程度の相関があることが分かった。また、その時間特性を解析 することで、エアロジェルからの信号と他のソースからのバックグラウン ドを識別することも可能であると判明した。
2003年春(Run3)には、検出器プロトタイプ2セル (図4参照)を実際の実験環境であるPHENIX測定器に インストールした。陽子陽子衝突実験を通して、テストビームでは なく衝突データの収集に成功した。それらデータの初期の解析によれば、 KEKでのテストビームと同程度の集光量を得られることが分かった。 このことは、複数セルを製作し、PHENIX測定器にインストールする 全体計画の最終的な確認にもなっている。今後、具体的な機械設計、 カウンター製作、信号読み出し用エレクトロニクスの開発が進み、 2003年夏には順次エアロジェルチェレンコフ検出器がPHENIX測定器 にインストールされ、秋以降の衝突実験で運用が開始される予定である。
RHIC-PHENIX実験では稼動中である飛行時間測定器(ToF)を用いて、 π中間子とK中間子の識別は約2.4GeVまで、K中間子と陽子の識別は 約5.0GeVまで可能である。また、リングイメージング・チェレンコフ 検出器(RICH)による、π中間子とK中間子の識別は約5GeV以上で 可能である。導入予定のエアロジェルチェレンコフ検出器(ACC) では、π中間子とK中間子の識別が約5.0GeVまで、K中間子と陽子 の識別が約9.0GeVまですることが出来る予定である。 (図5、左参照)図5右には、 エアロジェル検出器のシミュレーションの結果をを示す。縦軸に 検出器で観測されるチェレンコフ光子数を、横軸に粒子の運動量 を、各粒子毎に表示した。このシミュレーションでは、1.015の 屈折率を用いた。エアロジェル検出器でのチェレンコフ発光の 有無及び、粒子の運動量や軌跡に対応した閾値や、さらに屈折率 の低い(高いチェレンコフ発光の閾値を持つ)ガスチェレンコフ 検出器(RICH)及び、飛行時間検出器(TOF)から得られる情報を、 相補的に組み合わせることにより、PHENIX実験装置の長所である 粒子識別能力をさらに高い運動量領域に伸ばし、約10GeVまでの π中間子、K中間子、および陽子の識別が可能になる。これにより、 先に報告された、高横運動領域でのハドロンの抑制や、 方位角非等方性の飽和(又は減少)等が、粒子種によって どのように違うかを明確にする。さらには、高エネルギー 重イオン衝突初期に作られると考えられているクオーク、グルーオン、 プラズマ(QGP)の有無、及びその性質の理解がさらに深まる事 が期待される。
現在、我々はエアロジェルチェレンコフ検出器設計のためのビームテスト をKEK-PSにおいて行い、エアロジェルチェレンコフ検出器の設計をほぼ 終えた。そして、PHENIX検出器に2個のプロトタイプのインストールを行い、 その評価を進めている。そして、平成15年度の夏には本格的にACCの インストールを行う予定である(図6参照)。 図6左は、エアロジェル検出器が、PHENIX実験装置 のどの部分に導入されるかを示しており、また図6 右は、導入されるエアロジェル検出器のセル構造を示す。