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まとめ

超高エネルギー重イオン衝突では発生する荷電粒子が多いために、検出器のチャ ンネル数を多数必要になること、また、検出器上で粒子密度が非常に高くなる。 ますます粒子多重度が増加し、粒子密度が増加する重イオン実験においては従来 の光電子増倍管を用いたプラスチックシンチレーションカウンターではとうてい 実現することが出来ない。このような条件下で運用することができ、かつチャン ネルあたりの単価が安い飛行時間測定器として、ペストフ・スパークカウンター がある。この測定器は原理自体は古くから知られ、実用化に向けて多くの開発研 究が行われてきたが、主要実験において運用され成功した例はいまだない。ドイ ツのGSIの研究所ではペストフ・カウンターの開発研究を積極的に進めてきた が、100ピコ秒を切る高時間分解能を得ることは可能でありながら、その分布 は純粋なガウス分布ではなく、約5%〜10%の強度で時間幅が150ピコ秒以 上のガウス分布と重畳された二重構造を示していることがわかった。これは粒子 識別のための飛行時間分布測定としては致命的な欠陥である。

これら既知の時間分布における2重構造の原因として、(1)高速荷電粒子通過 時の発生電子数の統計の影響、(2)カスケード時の揺らぎの影響、(3)紫外 光発生による飛び火の影響、(4)発生紫外光のガス中での吸収による放電の局 在化の影響が考えられる。カスケード放電模型を作成し、ペストフ飛行時間測定 器の時間特性の理解を試みた。

その結果、電子なだれ発展過程においては統計的な時間の揺らぎは高々10ps程度 であり、実機の問題点と知られる数 100psの広がりをもつ2重構造の主因とは考 えられない。しかしながら、初期電子数の統計的揺らぎの効果は重要であること がわかった。時間分布の第一成分の幅は主に初期電子発生位置の揺らぎによるこ と、初期電子の発生位置の違いが、第2成分の強度に影響を与えること、また、 初期電子数の増加に伴いカウンター分解能は向上するが、第2成分の強度も増加 することがわかった。さらに、紫外光を入れることによって時間分布に明確な2 重構造が現れ、影響の重要性も明らかとなった。カスケード放電模型計算から、 ギャップ長を拡げることは電子なだれの速度が有限であるために時間分解能の低 下を招くが、一方で、ギャップ長を狭めると、吸収が行われない領域の割合が増 えるために第2成分が増加することがわかった。このために、短ギャップで紫外 光の効率の良い吸収が必要であることが認識された。

ギャップ長を狭め、かつクエンチャーガスによる紫外光の吸収を行うと化学的活 性を持った物質が狭いギャップ間に多く発生する。ギャップ間から排出できなかっ たものは、ポリマー化して電極に付着していき、放電の変化をもたらす恐れがあ る。ペストフ・スパークカウンターでは経年変化・経時変化が問題とされていた。 本研究では、実際にペストフ・スパークカウンターを製作し、経年変化・経時変 化に特に着目したテストを行った。試作したペストフ・スパークカウンターの運 転時間と共に、(1)検出効率の低下、(2)幅が広く時間の遅い第2成分の増 加、が明確に観測された。(2)は、以前より指摘されていた問題点である。

電極陰極へのポリマーの形成が第1要因であろう。 このポリマーは紫外光の吸収測定からクエンチャーガスとして 使用した混合ガスの吸収領域と陰極物質として使用したアルミニウムの仕 事関数の丁度間隙の波長帯に相当しているために、放電の成長そのものに大きな 影響を与えたものであろう。我々の放電カスケード模型計算からも 時間特性は紫外光発生・吸収に大きな影響を持つことが示された。 一方で、陰極表面の一定のポリマーはその吸収波長帯からクエンチャーガス の働きを補填する物質として考えることも出来る。 ポリマー層が着いた状態でも高電圧をかけることによって、 時間特性の改善を図れるかもしれないが、 ポリマー層が放電のプロセスで発生する以上、長時間の運転において厚み をコントロールすることは極めて困難であると思われる。起こるべき経年変化を 単に引き延ばすことにしかならず、抜本的解決ではない。

陰極への付着を防ぎ、かつ付着物の影響を最小に留めることが現時点で考えられ る最善の策と思われる。提案する方策は、(1)仕事関数の高い陰極物質の使用、 (2)エチレン、イソプレン以外のガスの使用、(3)陰極の高温化、である。 混合ガスの吸収波長領域と陰極の仕事関数の間にギャップを避け、またポリマー を作りやすい二重結合を持つガスを排除するためである。

ペストフ・スパークカウンターは高圧ガスを利用しているが初期電子数は高々数 個程度と統計の影響を逃れられない。タウンゼンド放電領域では初期電子位置依 存性が増幅され、信号出力の大きな揺らぎを生み出す。またカスケード放電模型 計算から得られたように電子なだれの伝搬速度は$ 100 \mu m$あたり数百ピコ秒 になり、初期電子位置による時間の揺らぎも大きな問題となる。従って、短ギャッ プ長で紫外光の効率の良い吸収を得ることが必要である。陰極近傍における紫外 光による飛び火は時間分布の2重構造を作るので避けねばならない。こうした観 点から仕事関数の高い電極の使用は効果があると考えられる。ところで、初期電 子位置によらず信号出力が安定するストリーマーモードに移行していることが必 須である。本研究では残念ながら直接取り扱っていないが、ストリーマー移行に 際しての紫外光の影響はペストフ・スパークカウンターの実用化に向けてもう1 段階の難関となるのかもしれない。


平成13年5月2日