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原理

ペストフ・スパークカウンターの時間分解能は主にギャップ中でのシグナルの遅れ $ t_d$に比例し、以下の式であらわされる。 このシグナルの遅れは、主に、ギャップ長d、印可電圧U、 気体(種類、状態)の3つの要素で決まる。

$\displaystyle \sigma = k t_d \propto \frac{k d}{\alpha \mu U}$ (1)

$ \mu$はギャップ中の電子移動度である。ペストフ・スパークカウンターのように、 ギャップ長$ d$が小さく印可電圧$ U$が大きいほうが、分解能が向上すると 期待される。事実、測定においてもこれを指示する結果が報告されている [*]。 また上式において、$ \alpha$は衝突電離係数、または第一Townsend係数とよばれ、 電子が単位距離進む間に起こす電離の数をあらわす。$ \alpha$はガス圧、 即ち原子、分子密度の増加に従って大きくなるが、 原子密度が大きくなりすぎると、電子が衝突間に十分なエネルギーを得る ことができなくなり減少する。 また、$ \alpha$は電子の電離電圧、即ち希ガスの種類にも依存する。 ペストフ・スパークカウンターの時間分解能は前節で示したように、ギャップ長 やガス圧などに依存して変化する。よって、時間分布の幅は、ギャップ中での放 電現象の時間的揺らぎによるものが大部分を占めると考えることができる。 Tailもまた検出器の時間分解能に依存性を示しているため、同様にギャップ中で の放電現象に依存していると言える。そこで、時間分布の 2重構造が放電過程におけるなんらかの統計的な揺らぎに起因している と仮定し、次の3ステップからなる放電モデルを作成した(図3.1[*]

図 3.1: 本研究で考えた放電モデル
\includegraphics[width=12cm,clip]{fig_1_4.eps}

電子なだれ発展過程
荷電粒子の通過によりギャップ内で生成された初 期電子は、印可された一様電場により加速を受け、アノードに向 かって走りながら、気体原子、分 子との衝突を繰り返す。この衝突の際、十分なエネルギーを持った 電子は、気体原子、分子の電離や励起を引き起こす。電離により新 しい電子が生成されると、それもまた電場による加速を受け、気体 原子、分子の電離や励起を引き起こし、これを何度も繰り返して電 子なだれが発展する。この電子なだれにおいて個々の電子の運動に 着目したとき、電子エネルギーの違いなどにより、1衝突間の電子の 自由行程、気体原子との散乱角度、衝突の種類などが異なり、電子 なだれ発展過程において時間な揺らぎが生じる。

初期電子の位置、数
荷電粒子の通過により、ギャップ中にアルゴンでは平均4、5個の初期電子が生成 されることが電離損失より計算される。この初期電子数の統計によ る影響が考えられる。また、初期電子の生成位置(アノードからの 距離)の違いにより、シグナルの到達時間に遅れが生じる。これは 最大で数100 ps程度と計算される。また、電子なだれで生じた光子 がカソードへ到達する確率も、初期電子の生成位置により異なる。

光子による二次なだれ
電子なだれが発展する際、電子による気体原子、分子の励起などで、数多くの光 子が生成される。これらの光子の多くは混合された高分子気体によっ て吸収されることが期待されるが、いくつかの光子がこの吸収をの がれカソードまで到達すると、ある確率でカソードから電子をたた き出し、それが種となって2次なだれを生じる。この2次なだれの影 響は、遅れたシグナルとして現れると考えられる。特に紫外光の影 響が懸念される。

本研究では、カスケード放電模型を作成し、これを用いて ペストフ・スパークカウンター のギャップ中での時間特性を求めた。このカスケード放電模型は、放電現象とし てカスケード的な電子なだれを仮定した模型で、ギャップ中での放電過程におい て、上記の3点に着目した計算である。個々の電子についてその運動を追い、荷 電粒子が検出器を通過してからシグナルとして読み出されるまでの時間の 情報を得るものである。 次の2つの模型でシミュレーションを行なった。

模型1
電離エネルギーを得るまで一次元的な等加速度運動を仮定。一定 の衝突電離確率を仮定。衝突電離後電子の運動エネルギーをすべて 失うものと仮定。
模型2
エネルギー依存と角度分布を考慮した3次元的弾性散乱。電離断面 積と衝突断面積の比で、電離確率を決定。入射電子が電離(励起) エネルギー分だけおとす。
まず、ギャップ中の放電現象について大まかな概要をつかむために、模型1の少々 粗い仮定を用いた。この模型1でも、時間分布などで測定値に近い値を示すよう な結果を得られたが、時間についてより詳しい情報を得るには仮定が不十分であ ると考え、模型2でさらにデータに忠実な仮定を行なって計算した。この2つの模 型で大きく異なる点は、衝突電離の扱いと、放電の扱いである。模型1では、電 離を起こすまでの低エネルギー電子の弾性散乱を全く無視し、個々の電子は衝突 電離(図3.2) を起こすまで印可電場による等加速度運動をすると仮定している。また簡単 のために、1次元的な運動を考えている。しかし実際には、散乱の平均自由行程 は衝突電離の平均自由行程よりもずっと小さく(図3.3)、 一度の衝突電離を起こすまでに、 電子は何度も気体原子、分子との散乱を繰り返すと考えられる。よって、電離を 起こせないような低エネルギー電子の運動の違いが時間情報に与える影響は大き いと考えることができる。そこで模型2では、この低エネルギー電子の弾性散乱 を、角度分布(図3.4) も考慮して3次元的に求めている。また、電子なだれからストリー マーへの移行も考慮している。 以下に詳細を示す。

初期電子生成位置、数
希ガスとしてアルゴンを用いると、荷電粒子の通 過による電離損失からギャップ中に平均4〜5個の初期電子が生成さ れる。そこで平均5個の初期電子がポアッソン分布に従って生成され ると仮定した。また、初期電子の生成位置はギャップ中で一様とし、 生成された初期電子はエネルギーを持たないものと仮定した。
光子吸収
電子なだれ発展に伴ってギャップ中で大量の光子が生成される が、そのほとんどは混合された高分子気体により吸収されることが 期待される。文献より、混合したガスの吸収係数の実測値を用いた。 クエンチャー・ガスが、カソードの仕事関数よりも大きなエネルギー の光子に対して吸収体として機能する。特にイソブタンは、エネル ギーが11.6eVであるアルゴンの第一励起状態からの光子をよく吸収 する。第一励起状態から生成する光子による影響のみを考慮した。
二次なだれ
高分子気体による吸収を逃れてカソードに到達した光子のす べてが、カソードから電子をたたき出すわけではなく、ある確率で2 次電子が生成される。その確率を20%と仮定した。2次なだれの遅れ 時間については、光子生成位置からカソードまでの光子の移動時間 や光子がカソードから電子をたたき出す時間は十分小さいとして無 視し、1次なだれ中で光子が生成されるまでの時間と、2次電子が生 成されてから2次なだれがアノードに到達するまでの時間を考えた。 カソードからたたき出された電子はエネルギーを持たず、即座にカ ソード表面からアノードに向かって電子なだれを生成するものとし た。この2次なだれの大きさは模型1では距離100$ \mu m$であり、模型2で は電子数が$ 10^8$個に達するまでの大きさである。3次なだれ以降は考 慮しなかった。これらの初期電子、及び光子による効果に対する仮 定については、模型1と模型2に共通である。
模型1における電子なだれ発展過程
電子なだれとしてα作用とγp作用に よるTownsend avalancheを仮定した。電子なだれ発展距離に対して 電子数が指数関数的な増加を示すものである。空間電荷効果による ストリーマーへの移行は考えず、ギャップ中で、初期電子が生成し てからシグナルとしてアノードに到達するまでの間、電子なだれが 発展するとした。そして、ギャップ中でこの電子なだれによる、統 計的な時間の揺らぎについて考慮した。また模型1では簡単のために、 横方向への拡がりは考慮せず、1次元的な電子なだれを考えた。希ガ スの電離電圧よりも大きなエネルギー値を持った電子が、一定の衝 突電離確率に従って電離を起こすと仮定した。電子エネルギーが電 離電圧値を越えてからの電離確率は著しく上昇し(図3.2) 、電子が100eV以上 のエネルギーを持つことはほとんどないと期待されるので、電離エ ネルギー以上で電離確率を一定と仮定することができる。そこで、 本仮定では電離確率の電子エネルギー依存性は考えず、衝突電離の 平均自由行程を0.11μmとした。混合された有機ガスとの衝突電離、 励起や、原子、分子の段階的な電離(累積電離)などは無視している。 また、衝突電離をおこすたびに電子は持っていたすべてのエネルギー を失い、次に電離を起こすためのエネルギーは衝突間に印可電場に よる等加速度運動により得るものと仮定した。
模型2における電子なだれ発展過程
電子なだれにおいて、衝突の多くは弾 性衝突であり、非弾性衝突が起こるのはごくまれである。よって、 電子なだれ発展過程に低エネルギー電子の弾性衝突を取り入れるこ とは実は重要である。電子なだれにおいてエネルギーが電離電圧値 以下の低エネルギー電子と希ガス原子との弾性散乱を(図 3.3)考慮した。 [*]こ こで、この弾性衝突が実測された衝突断面積に従って起こるものと した。この時、電子エネルギー依存性を考えてこれを用いた。

図 3.2: 希ガスの衝突電離確率
\includegraphics[width=8cm,clip]{fig_3_2.eps}

図 3.3: 希ガス中の電子の衝突断面積 $ P_c [cm^{-1}]$
\includegraphics[width=8cm,clip]{fig_3_3.eps}
[*]

低エネルギー電子と原子の弾性散乱を考える上で、散乱された電子の角度分布は 無視できないと考えられる。そこで文献[*]より、 希ガス原子と電子との弾性散乱における角度分布を導入し 3次元的な弾性衝突を考えた。(図3.4)は 各電子エネルギーに対するアルゴン原 子と電子との弾性散乱の角度分布の例である。低電子エネルギーでは電子は主に 横方向に散乱されるが、エネルギーが大きくなるにつれて前方に散乱されやすく なる。簡単のため電子のエネルギーが12eVを境に、4eVと16eVで代表させること で、散乱角度の電子エネルギー依存性を導入した。また、電離や励起を伴う非弾 性衝突では散乱角度分布を考えず、すべて入射方向に散乱されるとした。電子は 衝突と衝突の間に、印可電場による電場方向の等加速度運動でエネルギーを得る。 弾性衝突前後では方向のみを変化させるものとした。また、非弾性衝突では、入 射電子は希ガスの電離エネルギーまたは励起エネルギー分だけエネルギーを落と し、入射方向と同じ方向に飛び出すと仮定した。 また、電離で生成された電子は運動エネルギーを持たないものとした。

図 3.4: アルゴン原子と電子の、各電子エネルギーに対する散乱角度分布の例
\includegraphics[width=8cm,clip]{fig_3_4.eps}

Meekの理論によると、ペストフ・スパークカウンター では電子なだれ中の電子数が$ 10^8$ 個になると、電子なだれからストリーマーに転換するとされる [*]。 初期電子が生成されてからストリーマーが形成されるまでのTownsend電子なだれ における時間的揺らぎを考慮するために、ひとつの電子なだれ中の電子数が $ 10^8$個を越えた時、空間電荷効果により電子なだれがストリーマーに転換する と仮定した。またストリーマーが形成された後、電子は電子なだれ発展速度と 同じ速度でアノードまで到達すると仮定した。

各事象で数個の初期電子が生成されるが、それそれについて上記シナリオに基づ いて電子なだれを発展させ、1電子なだれごとに、電子のアノード到達時間の平 均を求め、通常の光電子増倍管の応答関数を用いて出力波形を求めた。各事象ご とにすべての初期電子による波形をかさねあわせて出力波形とした。通常の測定 と同様に一定の閾値を持つ波高弁別回路を仮定し、時間を求めた。電子回路系の 時間分解能は十分良いものとして無視した。 こうして、実験値と比較することに出来る時間分布を求めた。


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平成13年5月2日